大橋謙策/地域共生社会をめざす社会福祉―ケアリングコミュニティの形成(「老爺心お節介情報」第17号、2020年12月19日)

日本医事新報社が電子コンテンツで、日本社会事業大学専門職大学院の鶴岡浩樹教授の編集により、2018年度から「福祉発。拝啓、お医者さま。」を連載してきました。
私も執筆を求められ、最終回に「地域共生社会をめざす社会福祉―ケアリングコミュニティの形成」と題する拙稿をアップしました。その原稿です。
この連載には、日本社会事業大学の菱沼幹夫先生や日本社会事業大学専門職大学院の木戸宣子先生も執筆しています。
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是非、社会福祉関係者が医療関係者に何を発信したのか読んで下さい。

おわりに:地域共生社会をめざす社会福祉―ケアリングコミュニティの形成
登録日:2020-12-11最終更新日:2020-12-11
(公財)テクノエイド協会理事長
NPO法人日本地域福祉研究所 理事長
日本社会事業大学名誉教授
大橋謙策

厚生労働省は,2015年9月に「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン―」を公表し,2016年7月に厚生労働大臣を本部長とする「地域共生社会実現本部」を立ち上げ,「地域共生社会政策」を推進している。厚生労働省によれば,この「地域共生社会政策」は1961年の「国民皆年金皆保険」,2000年の「介護保険制度」に匹敵する「戦後第3の節目」と位置付けられている。
その「地域共生社会政策」は,子ども,障害,高齢という従来の属性分野ごとの縦割り社会福祉行政を是正し,全世代交流・支援型のサービス提供システムによる地域での自立生活支援の促進である。ややもすると潜在化しがちな福祉サービスを必要としている人々をアウトリーチし,ニーズキャッチを行い,必要なら新たなサービスの開発や個別支援のソーシャルサポートネットワークをつくり,それらの人々の地域自立生活を支援する「重層的支援体制」を構築することをめざしている。と同時に,地域から孤立しがちな,時には蔑視,差別されがちな福祉サービスを必要としている人,家族の社会参加を促進し,地域で包摂できるように,コミュニティソーシャルワークの展開によるケアリングコミュニティの形成を目的としている。
戦後の社会福祉行政は,社会的生存権と位置付けられる憲法第25条に基づく「健康で文化的な最低限度の生活の保障」を標榜してきた。その規定の歴史的意味,位置付けは大変重要であるが,それは1995年の社会保障制度審議会勧告でも述べているように,戦後の社会福祉行政をややもすると救貧的な“最低生活の保障”にしがちであった。
筆者は,1960年代末から,社会福祉は国民のセーフィティネットとしての機能を明確化した憲法第25条とともに,憲法第13条に基づき,福祉サービスを必要としている人も含めた“生きとし生ける者”の自己実現を図る幸福追求権をも法源として位置付け,社会福祉のあり方を考えるべきであると指摘してきた。1995年の社会保障制度審議会の勧告「社会保障の再構築」は,まさにその点を謳ったものであった。
また,1970年頃から従来の労働経済学を軸とした古典的,経済的貧困への金銭的給付による支援のみでは解決できない「新しい貧困」問題が登場してくる。「新しい貧困」と呼ばれる生活問題を抱えている人,つまり何らかの事由により地域での自立生活が脅かされ,地域で孤立し,多様な生活のしづらさを抱えている人々を支援する方法は,国の生活保護制度等に代表されるような所得保障だけでは生活問題を解決できず,地方自治体レベルでの対人援助としての社会福祉(ソーシャルワーク機能)を展開できる地域福祉の具現化が必要であると考えられるようになってきた。1970年頃に,“地域福祉は社会福祉の新しい考え方”といわれたが,今,まさにその新しい考え方が「地域共生社会政策」として政策化され,具現化されようとしている。
イギリスが1970年に「地方自治体社会サービス法」を制定し,パーソナルサービス(対人援助)を地方自治体において全世代対応的に,属性分野を超えて総合的に展開したように,日本でも1960年代末から「新しい貧困」に対応する地方自治体レベルでの在宅福祉サービスの整備や地域福祉の展開が求められるようになった。
生活のしづらさを抱えている人々の地域での自立生活支援をしていく場合,それらの人々は単身者ばかりでなく,複合的な多問題を抱えている世帯も多い。とすれば,その支援のあり方は,病院や入所型施設での単身者への,いわば「医学モデル」と言われるアセスメントとは異なり,地域における社会生活を支援するという「社会生活モデル」に基づくアセスメントが必要になる。
しかも,従来の社会福祉は,これら生活のしづらさ等を抱えている人を“社会病理的”にとらえ,「医学モデル」により“治療”しようとする考え方が強くあった。そこには社会福祉の分野において労働経済学に影響を受けた“経済的自立と働くための身体的自立論”が底流にあった。それらに加えて,1981年に提唱されたICIDH(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps;国際障害分類)に大きな影響を受けて心身機能の障害を診断し,それを起点に支援を考えるというとらえ方が強く,本人の自己実現,幸福追求を図る地域での自立生活支援という「社会生活モデル」に基づく支援の視点,方法は十分でなかった。
憲法第13条に基づく支援のあり方を考えれば,地域生活支援には生活技術的・家政管理的自立支援や精神的・文化的自立支援としての学習,文化,レクリエーションの重要性などに当然気が付かなければならない。また,社会関係的・人間関係的自立がうまくできていない生活のしづらさ,障害のある人を地域がどれだけ“許容”し,排除することなく,それらの人々を日常的に地域で支えてくれる家族や親類以外のソーシャルサポートネットワークがなければ地域で生きていくことが困難である。
ようやく,世界保健機関(World Health Organization;WHO)により2001年にICF(International Classification of Functioning, Disability and Health;国際生活機能分類)の考え方が提唱されたことにより,環境因子の重要性は指摘された。しかしながら,いまだ社会福祉実践においては福祉サービスを必要としている人本人の意思を尊重し,意思を確認しつつ,時にはそれらの人びとの意思形成支援も含めてその人の生活環境を改善し,福祉機器の利活用を進め,社会参加,自己実現を図るという実践は必ずしも十分展開されているとは言い難い。
ところで,様々な生活のしづらさを抱えている人,家族を地域で支えていくためには,①従来の縦割り社会福祉行政では対応しにくい。子ども・障害・高齢者問題という全世代に対応できるワンストップの総合相談窓口が,身近なところに設置されているというシステムの問題(「福祉アクセシビリティ」),②あるいは福祉サービスを必要としている人,家族の“求め”と,専門職の視点から,専門職が地域自立生活に“必要である”と判断し,活用できる制度的サービスを組み合わせてつくられたケアプラン,その両者を突き合わせて福祉サービスを必要としている人と専門職との合意に基づき,総合的,統合的にサービスを提供するケアマネジメント機能(専門多職種連携によるチームアプローチ),③さらには,福祉サービスを必要としている人の生きる意欲,生きる希望,生きる力を支え,励まし,その人の生活者としての主体性を確立するための“伴走的”支援の展開,④それらの人々を地域から排除することなく,かつ孤立させず,それらの人々を支えるソーシャルサポートネットワークを,福祉サービスを必要としている人ごとに構築することが求められている。⑤地域自立生活支援においては,“点と点”をつなげるサービス提供だけでは,社会的孤立を産み出しかねず,孤立させないためには,地域住民によるインフォーマルなソーシャルサポートネットワークづくりとフォーマルな制度的サービスと有機的に結び付けて,統合的に提供できるコミュニティソーシャルワークを展開できるシステムを日常生活圏域ごとにつくることが重要になる。
ところで,日本は,現在人口減少社会に入ってきており,かつ全国に約1750ある市町村は“限界集落”,“消滅市町村”の危機に陥っている。
このような中,地域の医療,介護,福祉は従来の重厚長大的産業構造の時代には考えられないほどその位置の比重が増している。産業別従事者数においても,厚生年金や障害者基礎年金等の受給額,あるいは医療保険による給付額においても,医療,介護,福祉の分野は市町村において,大きな比重を占めている。
全国にある約10万カ所の社会福祉施設(介護保険施設も含む)で使用する食材を,学校給食における“地産地消”率と同じように考え,地元の農業,漁業,林業関係者を組織し,契約栽培し,その食材を活用すれば,地域経済は活性化する。
また,高齢化した農業従事者と就労の機会を得たい障害者との“ニーズ・シーズのマッチング”をすれば,新たな労働力の確保になり,「農福連携」が街づくりにつながる。
筆者は1990年から「福祉のまちづくり」ではなく,これらの比重を増した医療,介護,福祉を活かした「福祉でまちづくり」を標榜してきたが,まさに今それが求められている。医療,介護,福祉を基軸としたソーシャルイノベーション,ソーシャルビジネスこそが持続可能な社会目標(Sustainable Development Goals;SDGs)を達成できる。
このような地域自立生活支援のシステムづくりや「福祉でまちづくり」に取り組むことによって,従来「福祉国家」体制以降つくられてきた地域住民の社会福祉観を変え,社会福祉関係者や住民の行政依存的社会福祉体質を改め,住民と行政の協働による地域共生社会づくりが実現する。それこそが,市町村を基盤とした住民参加による,自律と博愛と連帯による社会システムとしての「ケアリングコミュニティ」の実現である。
そのためには,福祉サービスの適切な利用ができる主体形成,地域福祉を支えるボランティア活動を行う主体形成,市町村の地域福祉計画策定と進行管理に参画できる主体形成,そして対人援助としての社会福祉を介護保険や医療保険等の社会保険制度の面から支える社会保険契約主体の形成といった4つの地域福祉の主体形成を図ることが重要になる。そのためにも,自分の住む地域を愛し,地域を良くするために能動的に活動できる“選択的土着民”を増やすことが今喫緊の課題である。