“学校を核としたまちづくり”を進める「スクール・コミュニティ」―「秋津コミュニティ」に関するワンポイントメモ―

「スクール・コミュニティ」とは、「学校」を核とした、あるいは「学校」という場や関係を介在させた、人々の結びつきや関わりの状態を指し、学校やそこにおける子どもを「縁」として、地域の大人と教師の関わり、学校と地域社会の協働関係のあり方を、より良好なものにしていこうとする考え方や実践のことである。その意味では、あの種の「学びの共同体」ということにもなる。「スクール・コミュニティ」を実現させようとしている事例のひとつとして、千葉県習志野市の「秋津コミュニティ」(小学校区)がある(『生涯学習研究e事典』日本生涯教育学会、2008年9月)。

〇文部科学省によって、保護者や地域住民等が一定の権限と責任をもって学校運営に参画し、“地域とともにある学校づくり”を進める「コミュニティ・スクール」の導入・推進が図られてきた。そしていま、地域と学校が連携・協働して地域全体で子どもの成長発達を支援するために、“学校を核とした地域づくり”を進める「スクール・コミュニティ」への進展がめざされている。
〇コミュニティ・スクールは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(「地方教育行政法」)の一部改正(2004年6月公布、同年9月施行)によって制度化された「学校運営協議会」を設置する学校をいう。学校運営協議会には、主な役割(機能)として、①校長が作成する学校運営の基本方針を承認する(必須)、②学校運営に関する意見を教育委員会又は校長に述べることができる(任意)、③教職員の任用に関して、教育委員会規則に定める事項について、教育委員会に意見を述べることができる(任意)、の3つがある。そして、先の地方教育行政法の一部改正(2017年3月公布、同年4月施行)によって、学校運営協議会の設置が努力義務化された。
〇その結果、学校運営協議会を設置する学校(コミュニティ・スクール)は、2020年7月現在、全国の公立学校3万6,015校のうち9,788校、27.2%に増加している。
〇スクール・コミュニティの創出については例えば、「放課後子供教室」(2007年4月。小学校を核にして、放課後等に子どもが安心して活動できる居場所を確保し、子どもに学習や体験・交流活動等の機会を提供する)や「学校支援地域本部事業」(2008年4月。原則として中学校区を基本的な単位として、地域全体で学校教育を支援する活動体・体制づくりを推進する)、「土曜日の教育活動」(2014年4月。学校における教育課程内・外の教育活動や地域における学習や体験活動等によって土曜日の教育活動の充実を図る)、「学習未来塾」(2015年4月。学習が遅れがちな中・高校生等を対象に、退職教員や地域住民等による学習支援を実施する)などが展開されてきた。
〇そして、「社会教育法」の一部改正(2017年3月公布、同年4月施行)によって、「地域学校協働活動」や「地域学校協働活動推進員」などが明文化された。地域学校協働活動とは、幅広い地域住民等の参画を得て地域全体で子どもの学びや成長を支援するとともに、“学校を核とした地域づくり”をめざして地域と学校が連携・協働して行う活動をいう。地域学校協働活動推進員は、その地域学校協働活動に関して地域住民と学校との情報共有や助言等を行い、地域と学校をつなぐコーディネーターとしての役割を果たす者である。教育委員会によって委嘱される。加えて、法律上の規定はないが、「地域学校協働本部」の設置・整備が重要・有効とされる。地域学校協働本部は、多くの幅広い層の地域住民、団体等が参画し、緩やかなネットワークを形成することによって地域学校協働活動の推進を図る体制をいう。その整備にあたっては、①コーディネート機能を強化し、②より多くの地域住民等の参画による多様な地域学校協働活動を実施し、③地域学校協働活動の継続的・安定的実施を図ることを必須とする。
〇2020年7月現在、全国の地域学校協働活動推進員等は2万8,822人(教育委員会によって委嘱されている者7,339人、教育委員会によって委嘱されていないが同等の役割を果している地域コーディネーター2万1,483人)、地域学校協働本部が整備されている全国の公立学校数は1万8,130校、50.3%を数えている。
〇文部科学省にあっては、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)と地域学校協働活動(スクール・コミュニティ)が相互に補完し合い、両輪となって相乗効果を発揮していくことが期待される。下の図は、「学校と地域の効果的な連携・協働と推進体制」のイメージ図である。

〇コミュニティ・スクールを導入し、スクール・コミュニティの実現を図っている先駆的な事例のひとつに、千葉県習志野市の秋津小学校の取り組みがある。コミュニティ・スクールの展開を主導したのは1996年度から1998年度にかけて校長を務めた宮崎稔(みやざき・みのる)である。スクール・コミュニティ(「秋津コミュニティ」と称する生涯学習を推進する任意団体)の創出に当初から関わった一人が岸裕司(きし・ゆうじ)である。筆者(阪野)の手もとにいま、宮崎稔著『学校も地域もひらく コミュニティ・スクール―無理せず、楽しく、かろやかに―』(農村漁村文化協会、2020年9月。以下[1])と岸裕司著『学校開放でまち育て―サスティナブルタウンをめざして―』(学芸出版社、2008年1月。以下[2])の2冊の本がある。
〇[1]は、秋津小学校での取り組みを中心に、単なる事例紹介ではなく、「学校と地域の融合(協働)」活動の実態と背景、今後の方向性などについて説述する。その際、「子どもの教育を地域の人とともに実践する」というコミュニティ・スクールと、「学校」(スクール)があるおかげで地域(コミュニティ)での生活が充実している」というスクール・コミュニティのあり方について言及する。そして宮崎は、学校と地域の協働活動を継続的に進めるためには、「できるときに」「無理なく」「たのしく」行うシステムを構築することが重要である、という(205ページ)。
〇[1]から、宮崎がいう「コミュニティ・スクール」や「学校と地域の協働活動」に関する基本理念等について、筆者が留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換)。

● 子どもの「学ぶ権利」は教師だけでなく、保護者や地域の人が協働することによってよりよく実現するものである。(23ページ)
● 学校で子どもと直接的にかかわらなくても、学校に関心を寄せて地域の子どものためにと緩(ゆる)やかに活動するという人がたくさんいることが、真の意味で地域の学校(コミュニティのスクール)というにふさわしい。(68ページ)
● 協働して教育活動をするための「ひらかれた学校」というのは、「学校対地域」というような2者の関係だけではなく、人と人の心がひらかれていること、教師と保護者や地域の人、地域の人同士が「タブーなく何でも話せる」という信頼関係、まさに「win・win」の関係がもっとも重要である。(119、122、158ページ)
● 学校が地域の人と協働して教育活動をすることは、子どもが多様な人と触れ合いながら社会性を身につけていくという子どもにとっての教育的な意義だけではない。まちづくりにもつながる大きな意義がある。学校を地域にひらいて子どもを核にした教育活動をすることは、大人にとっての生きがいやコミュニティづくりのきっかけになるという点でも大いに意義がある。(141、158、159ページ)
● 地域づくりにはネットワークよりもパッチワークが大事である。ネット(網)でつないでいく地域では、網の目から漏れてしまう人も出てくる。パッチワークは布で作成するから、網目からこぼれることはなく、地域を構成するどんな人も漏らさず仲間に入れていくことができる。また地域づくりには、点描画(てんびょうが)が重要である。点描画では、色の一点一点が存在感をもって絵を構成するための大事な要素である。地域づくりも筆で一色に塗りつぶすような画一的な手法ではなく、それぞれの色(個性)を生かしていくことによってよりよい地域になっていく。(153、154ページ)
● 学校のある日の授業でのかかわりだけがコミュニティ・スクールなのではなく、大人のいろいろな生活に対応したかかわり方があることが、コミュニティで子どもを育てることにつながるのである。また、学校という場でおこなうことだけが地域との協働というのではなく、地域のできるだけ多くの人が自分の都合に合わせてアイディアを出しながら、できるだけ多くの場で子どもにかかわるということが、本当の意味での協働である。(165ページ)
● 子どもはいずれは卒業する。教師も転勤する。しかし、地域の人はほとんどその地域に残る。地域の人がそこで知り合った人との活動で地域生活が充実してくるということは、個人としての生涯学習を越えて、地域づくりにもつながる。そして、地域が学校の「まるごと応援団」のようになってくると、学校のためだけというよりも地域のためになるといえる。子どもを核にして地域づくりがおこなわれているという関係を「スクールコミュニティ」という。(166、167ページ)
● コミュニティ・スクール事業の目的は何か。形式的に大人と子どもが同じ時間を共有しているというだけではコミュニティ・スクールの目的からは外れる。コミュニティ・スクールは住民自治のチャンスである。自分たちのまちを自分たちで創るという、そのような自治のチャンスがある場がコミュニティ・スクールである。自分の地域や地域の子どもをそして自分自身を、学校という場で自分らしさを発揮して生きているということにつながるようにすることが本来のコミュニティ・スクールの目的である。(185、186ページ)

〇[2]は、「小学校と地域が持つ3つの機能(「学ぶ」機能、「学校施設」機能、「子縁」機能)を活かしながら地域の諸課題の解決に挑みつつ、住民自治を進化・深化させている秋津の「まち育て」を紹介する。また、そんな「まちの価値」を慕ってUターン・Iターンする次世代を意図的に育てることによりニュータウンのゴースト化を防ぎ、サスティナブルタウン(持続可能なまち)をめざす『スクール・コミュニティ』づくりを展望する」(5ページ)。そして岸は、サスティナブルなまち育ての1単位コミュニティは「1住区の小学校区」が最適であるとし、「秋津コミュニティ」の理念・モットー・キーワードは「できるひとが、できるときに、無理なく、楽しく!」である、という(44、53ページ)。
〇[2]から、岸がいう「スクール・コミュニティ」や「学校と地域の協働活動」に関する基本理念等について、筆者が(改めて)留意したい一文をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。一部見出しは筆者)。

小学校と地域が持つ「3つの機能」
小学校を活動拠点とした生涯学習コミュニティの創生を通してまち育てを実践するためには、小学校とその住区が本来持っている「3つの機能」を活かすことが重要である。
①「学ぶ」機能の協働:小学校の「学ぶ」機能を住区民と協働して生かす手法である。教育界でいう「学社融合」(「学」は学校や学習、「社」は社会教育や地域社会)である。
②「学校施設」機能の共用・共有:「学校施設」機能を住区民との共用・共有により生かす手法である。「いつでもだれでもが利用できる、生涯学習や集い憩(いこ)う住区民の活動拠点」が必要かつ重要である。
③「子縁」の普及と共有化:「子縁」の普及と共有化によるその活かし方である。「子縁」を通してふれあう活動を小学校や住区内に意図的につくり出し、より多くの住区民が仲良くなるように普及しながら共有化する考え方と手法である。(59~62ページ)

大人も子どもを生涯学習の主体者とする「学社融合」
秋津では、子どもたちを取り巻くどんな大人でも、子どもと一緒に学ぶ主体者=ともに生涯学習の主体者ととらえ、その考え方を実践する教授法を「学社融合」と呼んでいる。この考え方は、「秋津モデル」に至った秋津の大発見であり、ほかで導入する際にはもっとも留意してほしいポイントである。(102ページ)

スクール・コミュニティがめざす「2つの目的」
「スクール・コミュニティ」(市民が自主運営する生涯学習学校)がめざす目的は次の2つである。①だれでもが、いつでもどこでも学べる、生涯学習のまち育てに寄与する学校と地域をつくること。②だれでもが、安心で安全に学び働き暮らせる、ノーマライゼーションのまち育てに寄与する学校と地域をつくること。(106、107ページ)

学校づくり・まち育て・子育ちの「三位一体」
スクール・コミュニティを推進する最大の視点は、「学校づくり・まち育て・子育ちは三位一体のこと」として取り組むことである。一般にこの三位は縦割り行政の言葉に象徴されるように、別々に推進されている。しかし、この三位は丸ごと地域に渾然一体(こんぜんいったい)となってからみあいながら存在し続け、しかも縦にも横にも切れないヒト・コト・モノである。課題は、スクール・コミュニティへの道を歩もうとする教育委員会を含む行政・学校・住区民の当事者3者が、互いにメリットが生まれるように「つなぐ」「コーディネーター」としてのものの見方をいかに身につけ、未来を明るく展望できるように実践するのかにかかっている。(109、110ページ)

〇ここで、秋津小学校と秋津コミュニティによる「まち育ち」(まちづくり)の実践を理解するために、その具体的な取り組みについて紹介しておくことにする。少し古い資料になるが、総務省が2013年2月に報告した「地域活性化の拠点として学校を活用した地域づくり事例調査」に基づくものである。なお、2020年11月現在の習志野市の人口は17万5,292人、世帯数は8万1,985世帯、2020年3月末現在の高齢化率は23.3%(2020年9月15日現在、全国28.7%)、2020年4月現在の秋津小学校の学級数は12学級、児童数は237人である。

〇以上から、次の5点について述べておくことにする。
(1)超少子高齢人口減少社会が進展するなかで、地域社会は深刻かつ複雑な教育問題を抱えている。例えば、しばしば指摘される少子化の影響による公立学校の統廃合問題をはじめ、教員の多忙化と同僚性の形骸化、学校と保護者・地域住民との関係や地域住民同士の人間関係の希薄化、そして家族問題を含めた貧困・格差問題や相変わらずのいじめ・不登校問題などはその一例にすぎない。そんななかで、学校と地域・住民が連携・協働することによって、住民の個人的な達成感や自己有用感、生きがいなどを生み出すとともに、学校を中心とした地域・住民のネットワーク化が図られることになる。「秋津小学校と秋津コミュニティ」(「秋津モデル」)はその事例のひとつである。しかしいま、「秋津コミュニティ」においては(おいても)、役員の固定化やボス化、高齢化などが指摘され、秋津モデルを支える当事者意識をもった保護者・地域住民の確保・育成が喫緊の課題になっている。秋津モデルの「持続可能性」が問われるところである。
(2)コミュニティ・スクールはその展開によって、地域の活性化をめざす。それは別言すれば、「ソーシャル・キャピタルの醸成」である。ソーシャル・キャピタルは、いろいろな人々同士が社会的に、豊かにつながり(「ネットワーク」)、それに基づいて互いに信頼しあい(「信頼」)、“お互いさま”という想いから互いに支え合うこと(「互酬性の規範」)によって地域社会の諸問題が解決され、よりよい住民自治が進み、豊かな地域社会が創り出される、という論理である(本ブログ〈まちづくりと市民福祉教育〉(10)2012年9月10日投稿、参照)。秋津モデルでは、「ネットワーク」「信頼」「互酬性の規範」を構成要素とするソーシャル・キャピタルの形成・醸成を通して、「地域とともにある学校づくり」と「学校を核とした地域づくり」が子ども・教員・保護者・地域住民らの“共働”によって進められた、といえよう。全国のコミュニティ・スクールを牽引(けんいん)した、先駆的な取り組みのひとつである。
(3)ソーシャル・キャピタルの活用は、学校と子どもが抱える多様化・複雑化した課題の解決につながるか。コミュニティ・スクールが政策的に推進され、その成果が過剰に期待・注目されている。その要因には、文部科学省や教育委員会による厳しい管理体制や、そのもとでの形式主義や前例踏襲主義、事なかれ主義などによる学校経営・学校教育の問題や弊害があった(ある)。またその背景には、教育財政の拡大を難しくしている政治的・社会的な時代状況がある。コミュニティ・スクールが制度化され、保護者や地域住民の学校経営への参加が認められたとはいえ、それは限定的なものにとどまっている。「内」に開かれていない学校(学校経営、教育活動)が、先駆的と評される一部の例外を除いて、「外」に開かれるとは考えにくい。また、ソーシャル・キャピタルの高い地域と低い地域によって、そのあり様は大きく変わる。コミュニティ・スクールの推進を図るに際して、教育行政や管理職と現場教員や保護者などの考え方の相違が顕在化し、余計な対立や混乱を招く恐れなしとしない。さらに、教員の意識の変革や専門性の向上、創造性の発揮などを期待するとしても、そのための条件整備が十全になされているとはいえない。要するに、ソーシャル・キャピタル(論)がコミュニティ・スクールやスクール・コミュニティの推進を担保するとは言い切れない。
(4)コミュニティ・スクールやスクール・コミュニティはこれまで、子どもや地域の貧困や社会的排除の問題についていかに対応してきたか。子どもの学力格差は格差社会に起因するものであるとして、(外国籍の子どもを含めた)子どもの学習権保障や、家庭や地域の教育力の向上をいかに図ってきたか。いま、その取り組みと成果が問われる。学校は相変わらず、子どもを選別し、階層を再生産し、特定の階層の代弁者としての学校であり続けている。「ものを言わない」あるいは「ものを言えない」保護者や地域住民を教育や社会の片隅に追いやっている。そこにはまた、自己責任論が見え隠れする。それらに立ち向かう“学び”を深め、“つながり”を構築することがコミュニティ・スクールやスクール・コミュニティに強く求められる。しかしそれは、対症療法なものにとどまりがちである。そこで求められるのが、地元自治体や政府に対するボトムアップ型の教育・社会運動である。しかも、それによって制度化された(画一化・平準化された)施策・事業については、個々の学校や地域がそれぞれの立場や視点で再検証することが必要かつ重要となる。ここではじめて、二つとして同じものはない、唯一無二のコミュニティ・スクールやスクール・コミュニテが成立することになる。
(5)「秋津コミュニティ」では、「自助・共助、最後に公助のまち育て」という理念に基づいてさまざまな事業・活動を推進してきた。特に「最後に公助のまち育て」「行政頼みは最後の最後」は、「秋津のまちへの税金誘導は、下品な市民がする地域エゴである」という考え方による([2]192~193ページ)。しかし、学校や地域社会の限界を超えた「自助」は、学校や地域社会を破壊する。「共助」は、ヒト・モノ・カネ・情報(+岸がいうトキ)などを持たない者同士の支えあいを強制することにもなり、「共助」の基盤そのものを破壊する。「最後に公助」は、国や自治体の役割を後退させ、学校や地域社会、保護者や地域住民の自己責任を強調することになる。十分に留意すべきところである。
〇加えて、「秋津コミュニティ」による地域づくりの可能性と課題について、ひとつの言説を紹介しておく。川崎未美(東洋英和女学院大学、2007年3月)によるものである([2]174~175、176ページ)。

補遺
文部科学省は、2013年度より、コミュニティ・スクールの導入および拡充を推進する教育委員会や学校関係者等に対して、「コミュニティ・スクール推進員(CSマイスター)」を派遣し、推進体制の構築や取り組みの充実の促進を図っている。2020年度においては、33名のCSマイスターが文部科学省によって委嘱されている。CSマイスターについて、宮崎稔は次のように述べている。「コミュニティ・スクール事業では、マイスターと呼ばれる人が文部科学省から委嘱を受けて各地に出向いて広めてくださっています。でも私は、マイスターではありません。だから、文部科学省の考え方を広めることにとらわれず、コミュニティと学校との関係づくりの意味について自由に述べることができます」([1]205~206ページ)。付記しておきたい。

付記
筆者の手もとにはいま、[2]以外に、岸裕司の本は3冊ある。
①『学校を基地に〈お父さんの〉まちづくり―元気コミュニティ! 秋津』太郎次郎社、1999年3月。
佐藤学/21世紀の学校の先どりが、ここで起こっている。寺脇研/私など、こんなに楽しい街なら秋津に引越してみたい、とついつい思ってしまいます。斎藤茂男/これからの教育を指し示している原動力である。(「帯」より)
②『「地域暮らし」宣言―学校はコミュニティ・アート!―』太郎次郎社エディタス、2003年12月。
大人がいちばん楽しんでるまち。/会社人から地域人になったお父さんたち、「病院通いより学校通い」のお年より、多様な大人のなかでゆっくり育つ「子育ち」支援。学校からはじまるまちづくり。/地域のみなさん、学校で会いましょう。(「帯」より)
③『中高年パワーが学校とまちをつくる』岩波書店、2005年10月。
子どもがのびのび、おとながいきいき、楽しくてやさしい町。そんな町を、ほとんどただでつくった男が、秘訣を明かした。あなたも、やってみませんか!/堀田力(「帯」より)