張り子の虎

男は自分勝手なやつだった
品性は貧しく 素養もたかが知れていた
世の流れに逆らうことでしか 自己主張できなかった
信念も揺れ 虚勢を張って生きてきた 

男は心寂しいやつだった
世の中に反発して 気取ったポーズをしたかった
世の中に染まらず 他人と違う存在でいたかった
普通の生き方を拒み 強がって生きてきた 

男は心弱いやつだった
見かけ倒しが暴かれぬよう 強がるしかなかった
才覚のなさを見破られぬよう 意気がるしかなかった
演じ続けることで くじけそうな自分を騙して生きてきた

男は怠惰なやつだった
人前ではしゃきとして 如才なくこなした
ひとつ事が終われば だらしなく脱力した
緩んだ糸を張り直すのに 苦労しながら生きてきた

男は心優しいやつだった
弱き者への関心は 思いのほか熱かった
弱き者が虐げられることは 許せなかった
黙止することが出来ず 実直に生きてきた

男は不思議と憎めないやつだった
人儲けの才覚は 人一倍長けていた
世の中への発信力は 人一倍冴えていた
信じた人の懐で育てられて いつも生きながらえた

男はポジティブなやつだった
苦渋を味わいながらも 一抹の望みを捨てなかった
失意のどん底にいても いつかを信じた
救い手が差し伸べられて いつも生きながらえた

男はただの小心者だった
伴侶は そんな男を丸ごと受け入れ自由にさせた
伴侶は 男と半世紀甘いも辛いも味わいながら歩いてきた
伴侶は 人生をともにこのまま全うすると…
男は張り子の虎のままで
人のおもいの中に 今日も生きながらえる

〔2020年10月20日書き下ろし。男は張り子の虎に見たて、いまも虚勢を張る〕