「まちづくり」の視点と枠組み:キャパシティ・ビルディングを考え、「まちづくりの福祉教育学」を構想するために―資料提供―

筆者(阪野)はこれまで、「まちづくりと市民福祉教育」をテーマに、ささやかな実践と研究を行ってきた。その際、まちづくりは地域(地元)の住民をはじめ行政やさまざまな組織・団体、NPO、企業などの主体形成なくしてはあり得ず、主体形成こそがまちづくりの本質である、という考えを基本に据えてきた。そして、どちらかといえば「まちづくり」よりは「市民福祉教育」に関心を寄せ、社会福祉学や教育学などの学問領域の言説を援用しつつ、福祉教育の実践の理論化と理論の実践化に取り組んできた。しかもそこでは、住民主体形成の「福祉教育学」の構築をめざして、固有の研究対象や研究方法について探究し、実践の主体や理念・目的、内容・方法、制度・組織、あるいは運動などについて問うてきた。それは、福祉教育学はまちづくりと人づくりを担う以上、多様な先行諸科学の知識・知見や技術を総合的に活用する学際的な総合科学であり、かつ「実践の学」として構想されるべきである、という考えに基づいている。
ところで、先日、あるブログ読者(学生)から、「まちづくり学」の成立をめざした本がいくつか出版されているが、「まちづくり」の視点や枠組みに関する基礎的・基本的な言説をいくつか紹介してほしい、というメールをいただいた。本稿は、不十分ながら、それに応えようとするものである。また、その延長上で、「まちづくりの福祉教育学」を構想するためのものでもある。
いま、筆者の手もとには、まちづくりに関する本が5冊ある。次がそれである。

(1) 織田直文『臨地まちづくり学』サンライズ出版、2005年3月。(以下、「1」と略す。)
(2) 西村幸夫編『まちづくり学―アイディアから実現までのプロセス―』朝倉書店、2007年4月。(以下、「2」と略す。)
(3) 日本福祉のまちづくり学会編『福祉のまちづくりの検証―その現状と明日への提案―
』彰国社、2013年10月。(以下、「3」と略す。)
(4) 日本都市計画学会関西支部新しい都市計画教程研究会編『都市・まちづくり学入門』学芸出版社、2011年11月。
(5) 株式会社オオバ技術本部『まちづくり学への招待―どのようにして未来をつくっていくか―』東洋経済新報社、2015年5月。

これらを一瞥すると、まちづくりの実践例を紹介するものが多い。しかも、「まちづくり」とはいうものの、その論述はハード面を中心とした都市計画論や土木・建築工学などの専門領域に限定されていたりする。また、「まちづくり学」とはいうものの、実践経験やそれに基づく知識や知見を教科書風に整理・総括したものもある。さらには、個別的・技術的なまちづくり実践の研究と総合的・俯瞰的なまちづくり学の研究が混同されている場合もある。いずれにしろ、「まちづくり学」の成立については未だしの感なきにしもあらず、といったところである。
こうしたまちづくり研究の現状認識のもとで、以下に、「1」「2」「3」を中心に注目したい論点や言説を紹介する。ここでは、取り敢えず3つの項目立てを行う。1.まちづくりとまちづくり学、2.まちづくりの潮流、3.まちづくりの進め方、がそれである。

1.まちづくりとまちづくり学
<A>「まちづくり」とは、住民や行政、企業などの地域構成員が、地域を良くするために心を通わせるコミュニケーションの場を形成する活動であり、<B>多様で複雑なまちづくりの課題をこの場を手がかりとし、地域の実態に即して解決しつつ、住民(議会、コミュニティ、既存の地域団体、NPO等を含む)、地元行政、企業(産業界を含む)などの地域構成員が、歴史・自然などの地域の固有性に着目し、地域という空間・社会・文化環境の健全な維持と改善・創造のために主体的に行う連続的行為である。これらの意味から、<C>まちづくりは、人々が心を通わせ、その場に臨んで、具体的な問題を解決していく活動である。(「1」24~25ページ)

まちづくりの本質とは何か、それは都市計画や都市整備とはどう違うのか。まちづくりは、地域を統合的にみることを特徴とする。まちづくりの統合的な視点やアプローチを都市計画と比較してみると、表1のようになる。(西村幸夫「2」1、7ページから抜き書き)
表1 まちづくりと都市計画の違い(18日22時)
まちづくりとは、「地域における、市民による、自律的・継続的な、環境改善運動」である。重要なのは、「地域における」、「市民による」という点にある。地域市民が安全・安心、福祉・健康、景観・魅力のための環境改善運動を、自分たちが自律的に、継続的にやり続けることが「まちづくり」である。(小林郁雄「2」83ページ)

「臨地まちづくり学」とは、臨地、すなわちまちづくりの現場での調査研究を重視し、住民主体で地域課題の解決を図る、または将来目標を獲得するための思想、知識・技術を開発する学問であるといえる。
その学問を行う主体は地域社会の構成員である、住民、市町村行政、地域企業、諸団体、NPO、大学等であり、研究者は準構成員としてまちづくりの現場に関わりながら事業支援を行い、研究開発の進展に貢献するのである。この学問はあくまで地域に息づく市井の人々に役立つことをめざして取り組むことを基本とする。(「1」46~47ページ)

2.まちづくりの潮流
人間の個々人の欲求が集合体として社会化し、それに符号する形の「まちづくり」が現出する。戦後のまちづくりを辿ると次のようになる。1960年代、環境破壊や公害の発生などの高度経済成長による歪みに対して、生活環境整備や福祉の充実への希求が高まり、イデオロギーを背景にした新しい社会運動が登場した(「告発・要求型まちづくり」)。1970年代、地方・地域の過疎的状況の中で、独自の産業振興を図り雇用の確保、人口の定住をめざして地域振興が取り組まれた(「地域経済振興型まちづくり」)。1980年代後半から1990年代前半、地域住民の地域への誇りと愛着の醸成や、経済とは切り離されたところでの芸術・文化活動の活発化などで、自己実現をめざす人間的欲求の発露の結果として地域の社会・文化開発がなされた(「自己実現型まちづくり」)。今後は、多様で複雑な地域課題を解決するためには、国や県、地域外企業などが行う「外発的地域開発」(exogenous regional development)と市町村行政や住民などが主体的・主導的に行う「内発的地域開発」(endogenous regional development)を結合させ、両者の長所を合わせ持った「ひらかれた内発的地域開発としてのまちづくり」が必要となる(「課題解決型まちづくり」)。(「1」114~127ページから抜き書き)

これまでの福祉のまちづくりは、障害者の住まいや介助問題を発端に、移動、交通、少子高齢社会の急速な到来に対するさまざまな地域課題を環境整備や法制度の構築、市民運動というかたちで発展させてきた。
今日、福祉のまちづくりの対象は拡大し、子ども、高齢者、障害者、外国人などへの多様な対策をはじめ、健康づくり、防災、安全・安心のまちづくりなど、その範囲を広く捉えることができる。さらにまた、東日本大震災は、日本のこれまでの社会経済活動のあり方を根本的に問い直し、地域とは何か、共助とは何か、過疎化、高齢化する地域における市民の役割、福祉のまちづくりの役割を問うこととなった。90年代までとはまったく異なるステージに突入したといえる。
福祉のまちづくりのゴールとは、地域やまちづくりの分野ですべての人が「分け隔てのない共生社会」(注1:阪野)の実現を図ることである。「弱くて脆い社会」(注2:阪野)をそろそろ脱皮する必要がある。(「3」10~24ページから抜き書き)

<注1> 「障害者差別解消法」(「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、2013年6月公布、2016年4月施行)は、「障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。」(第1条)。
日本は、2014年1月、「障害者の権利に関する条約」(Convention on the Rights of Persons with Disabilities、2006年12月国連総会採択)を批准した。本条約は、「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進すること」(第1条)を目的とし、締約国は「この条約において認められる権利の実現のため、全ての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。」(第4条1(a))を定めている。
<注2> 「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである。」(「国際障害者年行動計画」(第63項)1980年1月国連総会決議)。

福祉のまちづくりに関する流れを概観すると、福祉のまちづくりは、①当初、障害者自身の自発的な活動すなわち住民主導型から始められたが次第に行政主導型に変化していったこと(「主体の変化」)、②福祉のまちづくりそのものの概念が時代とともに変化していったこと、すなわち当初の「福祉」は障害者を主体的に捉えていたが後年は全ての市民を対象にしていること(「概念の変化」)、③「まちづくり」の目的が道路や建築物といったハードを整備することからまちの中で生活できることへと進化していったこと(「対象の変化」)、④当初は法的拘束力がほとんどなかったが条例の制定等で次第に法的拘束力が強められていったこと(「法的拘束力の変化」)が理解できよう。(「3」200ページ。野村勸「建築分野からみた福祉のまちづくり」『福祉のまちづくり研究』第13巻第2号、日本福祉のまちづくり学会、2011年7月、13ページ)

3.まちづくりの進め方
臨地まちづくりを進める場合の要諦としては、次のような点がある。
① 地元の住民や行政の主体性、独創性を最も重要視する。
② 地域社会を生態的、動態的に扱う。
③ 現地の状況を客観的かつ感覚的、総合的に認識する。
④ 住民の深層内面的コンセンサスが得られるまちづくりの進め方、提案をする。
⑤ 地域の現状・課題把握、政策立案、実施をスピーディに行う。ただし、現場のペースを著しく乱してはならない。
⑥ 政策内容、事業展開に柔軟性を持たせる。現場の事情に応じて対応していく。しかし、基本コンセプト等はできるだけ崩さない。(「1」53ページ)

以上を要するに、まちづくり(「1」でいうひらかれた内発的な課題解決型まちづくり)は、地域の歴史性・固有性、地域住民・行政などの主体性・自律性、実践活動の総合性、計画性、運動性、継続性などにその特性を見出すことができる。まちづくりは、地域(地元)の住民をはじめ行政、組織・団体、NPO、企業などの主体の形成なしにはありえず、主体形成を本質とする。まちづくりは、住民主体・住民主導の内発的な取り組みを基本とするが、その推進を図るためには個々の住民(個人的実践主体)の主体形成にとどまらず、それを集団的実践主体や運動主体へと育成・向上するための取り組みを必要とする。まちづくりの重要な主体である地元行政や地域の組織・団体・NPO・企業などは、如何にして、ひとつの組織体として「まちづくりの力」を発揮するか、組織体相互の連携・協働(共働)を図るかが問われる。そしてまた、まちづくりの主体を形成(育成)するための教育的営為(「まちづくり教育」「まちづくり学習」「市民性形成」「市民福祉教育」など)のあり方も問われることになる。なお、福祉のまちづくりは、高齢者や障がい者などの社会的弱者に限らず、すべての人が安全で安心して快適に、共に暮らせるまちづくり(「共生のまちづくり」)の推進を図るものである。その意味においては、これまで使われてきた福祉「の」「で」「による」まちづくりは、総合的・包括的な概念である「まちづくり」に包含されることにもなろうか。
ここで、以上との関連で、「まちづくりの方向性と側面」と「キャパシティ・ビルディング」について一言付け加えることにする。
図1は、1990年代以降の地方分権改革の潮流に対応した住民参加・市民主導のまちづくりの方向性と側面(内容)について表示したものである。第1象限(市民主導/行政・専門家支援×創造・変革)が、推進することが志向されるまちづくりである。しかし、現状では、第2象限や第4象限にとどまったり、旧態以前とした第3象限(行政・専門家主導/住民参加×守旧・伝統)に位置づく取り組みが多い。2000年代に入るとまちづくりへの住民参加が制度化されるが、参加主体の多様化や多層化が進み、かえって参加が形式化・形骸化している実態もある。また、内容的には、ハード・ソフト両面にわたって総合的かつ有機的に地域課題を解決することが重要であるといわれるが、個別的・縦割り的なものも多くみられる。
図1 まちづくりの方向性と側面 11月17日17時30分
まちづくりは、それに参加する住民の「個別の能力強化」だけでなく、NPOや地域組織・団体、企業などの組織的な能力の形成・強化・向上を図る取り組み(キャパシティ・ビルディング、capacity building)とそれを促進・支援する専門的人材の育成やシステムの構築が必要かつ重要となる。キャパシティ・ビルディングは、「組織の実績と効果を高めるために、組織強化するプロセス」(「組織の能力強化」)と定義される。それは、NPOや市民活動団体、民間企業などが組織体として、まちづくり活動を推進するために、組織・人材・財源などの組織基盤・基礎体力(キャパシティ)を構築(ビルディング)・強化することを意味する。キャパシティ・ビルディングの取り組みでは、①リーダーシップ力(組織のリーダーのもつべき能力で、発想し、優先順位づけを行い、意思決定し、方向を決めて革新を行う能力)、②適応力(組織が抱える内外の環境変化を観察・評価し、対応する能力)、③マネージメント力(組織のもつリソース(資源)について、効果的・効率的に活用する能力)、そして④技術力(組織が組織運営上あるいはプログラム実施上の機能を発揮する能力)の4つの組織能力が必要とされる(「2」98~99ページ)。
キャパシティ・ビルディングは、東日本大震災を契機に地域の再生・創造が叫ばれ、まちづくりのあり方が改めて問われている今日、注目すべきアプローチのひとつである。

補遺
織田直文は、「臨地まちづくり学」の「臨地」について次のように述べている。

そもそも「まちづくり」そのものが現場性の高いものであって、もともと「臨地」ではないかとの指摘もある。しかしながら、まちづくりには現場から離れた基礎的研究や理論研究もあり、それも対極として重要である。あるいは、まちづくりの現場では、当事者たる住民やそこで地域貢献をする事業者などの自覚と、主体的な取組こそが重要であるとの自戒を促す意味も込めて、あえて「臨地」という言葉で強調しているのである。
さらにそのことを認識したうえで等しく大学の研究者、学生、ジャーナリストといった、外部からの観察者・提案者たちも<まち>を対象に研究をするのであり、その者たちが「その地に臨むこと・現地に出かけること」によるまちづくり研究も、「臨地まちづくり学」なのである。(「1」49ページ。織田直文「臨地まちづくり学の理論と実践―京都市山科区における臨地まちづくりによる地域活性化と教育実践の分析―」『政策科学』第15巻第3号、立命館大学政策科学会、2008年3月、42ページ)

この説述は、研究者や実践者(事業者)の立ち位置や研究・実践姿勢に視点・視座を置くものである。「まちづくり学」は「実践の学」「主体形成の学」であり、その基本的な性格は臨地性と実践性にある。また、「実践的研究」は、「実践を通しての研究」と「実践に関する研究」に大別されるが、この両者を循環的に組み合わせ、相互作用を引き起こすことによって理論の構築が可能となる。とすれば、「まちづくり学」の臨地性を「あえて『臨地』という言葉で強調する」必要はもともとない、といえよう。

追記(2017年9月20日)
「都市計画」と「まちづくり」の違いに関して、ひとつの言説を追記することにする(伊藤雅春・ほか編著『都市計画とまちづくりがわかる本』彰国社、2011年11月、6~7ページ)。

「まちづくり」は運動、「都市計画」は制度、と考えるとします。比較対照して記せば、
まちづくり:地域における、市民による、自律的継続的な、環境改善運動
都市計画:国家における、政府による、統一的連続的な、環境形成制度
となります。
この場合、もう少し限定的にいえば(「まちづくり」は)「市民まちづくり」とするべきでしょう。そして、「制度(法律)」はどのようにつくられるか、ではなくて、どのように使われるか、が問題です。それは、「技術」でも「社会」でも、もちろん「計画」でもそうで、どのように使うかというプロセス・運動が重要となります。(小林郁雄)